東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)203号 判決
原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 原告は、審決が本件意匠の形象に対する認定を誤つている、と主張する。その主張するところは、本件意匠の形象においては、「砂地模様において、その黒点の密な状態から疎の状態に移行している」ものであるのに拘らず、審決がこれを「ボカシ模様」と認定しているのは誤りである、というのである。
よつて、検討するに、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件意匠の形象は、別紙第一図面に示すとおりのものであり、審決のいう「ボカシ模様」とは、右形象における微小な黒点の密なる部分から右黒点の疎なる部分に次第に特定方向に変化させていく形象を指称しているものと認められる。
ところで、「ボカシ模様」とは、原告のいうように、「色の明度の高いものから低いものに次第に変化していく模様」と解せられるところ、右のように、微小な黒点の密なる部分から右黒点の疎なる部分に次第に変化させていく方法によつて色の明度の変化を表現することも色の明度変化表現の一手法であることはいうまでもないところであるから、審決が、本件意匠の前記形象を「ボカシ模様」と認定したことに誤りはなく、原告の右主張は当らない。
2 次に、原告は、審決が本件意匠と引用意匠の対比を誤つている、と主張する。その主張するところは、本件意匠においては、正面右方下辺部において黒点が極めて密であつて、左方上辺部に向つてこの黒点が疎になつていくのに対し、引用意匠においては、正面下辺部の高明度部分から上辺部の低明度部分にボカシが形成されているのであつて、両者は意匠を全く別異にするものであるというのである。
よつて、検討するに、前掲甲第二号証によれば、本件意匠の形象は審決認定のとおりのものと認められ(そのうちの「ボカシ模様」の認定に誤りのないことは前述1のとおりである。)、引用意匠の形象(別紙第二図面に示すもの)が審決認定のとおりのものであることは原告の自認するところである。
そこで、両者を対比すると、両者のボカシの態様には、原告が指摘するように、本件意匠においては右方下辺部から左方上辺部に向つて斜め方向であるのに対して、引用意匠においては下辺部から上辺部へ向つてほぼ垂直方向となつている点に差異が存するけれども、両者は共に、色彩的感覚では最も印象の強い明度の変化による濃淡で表わされているものであり、共に、正面においては濃から淡、又は淡から濃への緩やかな一サイクルの変化であつて、上述の方向の差異も極端なものではなく緩やかなボカシの印象が勝り、看る者に共通の意匠的効果を与えるものであるから、ひつきよう、右の差異が全体の類否判断に与える印象は微弱なものとせざるをえない。
そして、両者は物品を同一にし、形状全体の構成も同一であり、この種物品においては、正面から受ける印象が全体を支配するものであるから、前記の微弱な差異によつて、両者の意匠が類似しないものとすることは相当でなく、審決の認定に誤りはない。
そうすれば、審決の取消を求める原告の主張は理由がないので、本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註その一〕 本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、登録第四三九四九一号意匠(登録出願昭和四八年六月一八日、設定登録昭和五一年一〇月六日、意匠に係る物品「ハンドバツク」、以下「本件意匠」という。)の意匠権者であるところ、被告らは、昭和五三年七月二七日本件意匠の登録を無効にすることについて審判を請求し、この請求は昭和五三年審判第一一四八二号事件として審理されたが、昭和五五年四月二二日本件意匠の登録を無効にする旨の審決があり、その謄本は同年六月一一日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
本件意匠の形象は、濃淡のボカシ模様を表わした幅広帯状地の両側を、襠の上辺を除く周側に縫着して横長薄肉の直方体状箱体を形成し、その背面を上面開口部から前面下端寄りまで延長して蓋体部を形成してなり、ボカシ模様は、微小な黒点の疎密によつて、正面右方下辺部から左方上辺部に向けて斜左上り状に濃い部分から淡くボカシ、襠は細幅縦長矩形で平滑に表われ、蓋体部は、先端両側部を僅かな弧状に表わしてなるものである。
これに対し、本件意匠登録出願前に日本国内において頒布された刊行物「美しいキモノ」(昭和四四年六月一日株式会社婦人画報社発行)の第六一頁に示されている意匠(以下「引用意匠」という。)は、物品を「ハンドバツク」とし、その形象は、濃淡のボカシ模様を表わした幅広帯状地の両側を、襠の上辺を除く周側に縫着して横長薄肉の直方体状箱体を形成し、その背面を上面開口部から前面下端寄りまで延長して蓋体部を形成してなり、ボカシ模様は、明度の高い肌色系の色彩から明度の低い紺色系の色彩への変化によつて、正面下辺部の高明度部分から上辺部の低明度にボカシ、襠は細幅縦長矩形状に中央部に縦筋状の凹陥部を設けて表わし、蓋体部は、先端両側部を僅かな弧状に表わしてなるものである。
そこで、両者を比較すると、両者は、物品を同一にし、その形象も全体の構成は同一であり、僅かにボカシ及び襠の態様に差異があるものの、全体の印象としてはほぼ共通するものである。
しかも差異があるとした襠の態様の差は、両者共に普通に見られるものである上に、あまり目立たない限られた部位におけるもので、この部分にこの程度の差異があつても、全体の印象に影響を与えるものとは認められず、ボカシの態様における差異は、本件意匠が微小な黒点の疎密による斜め方向のものであるのに対して、引用意匠は、色相及び明度によるほぼ垂直方向のものであるが、両者は、共に、色彩的感覚では最も印象の強い明度の変化による濃淡で表わされているもので、しかも、共に正面においては濃から淡、又は淡から濃へのゆるやかな一サイクルの変化であつて、その方向の差も極端なものではなく、ゆるやかなボカシの印象が勝り、看者に共通の意匠的効果を与えるものであり、この差異が全体の類否判断に与えるところは微弱である。
また、引用意匠には、背面の態様等に不明の点があるが、この種物品は、正面から受ける印象が全体を支配するもので、正面こそが形象識別の主要部である。したがつて、たとえ背面等に多少の差異があつたとしても、全体の類否を左右するものとは認められない。
したがつて、両意匠を総合的に判断すれば、相互に類似するものというほかはなく、本件意匠は意匠法第三条第一項第三号の規定に違反して登録されたものである。
〔編註その二〕 本件に関する意匠は左のとおりである。
別紙第一図面
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